「だから」 「純金でできている炎」 「銀の煙」 「霧のような雨」 「終電で」 「よどんだ海で」 5月29日(火) 渋谷o-nest 出演順5バンド中最初・19:00演奏開始 * キヨステライブについての詳細はこちらのページで 「キヨステinリハーサルスタジオ」全5曲・500円 「14日目の月」全8曲・1500円 * キヨステCDについての詳細はこちらのページで |
| 戦いすんで日が明けて。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年5月20日(日) 0時28分 [返信] [削除] 取り急ぎ、昨日のライブを見てくださった皆さん、ありがとうございました。昨日のライブの良かったところはしっかり覚えておきたいと思いますし、見てくださった方からいただいたご意見などでなるほどと思わされることも多々ありましたので、次のライブから実践させていただこうと思います。 と言いつつも、次回のライブはステージセッティングの関係で平日にも関わらず順番最初の19時演奏開始、そしてその後も新横浜、溝の口の神奈川シリーズと、たまたまですがイレギュラー気味のライブが続きます。時間が早過ぎたり、場所が遠かったりと、多くの方にお出でいただくことがなかなか難しいことは覚悟しておりますが、無理のない範囲でよろしくお願いします。さよなら。 |
| 明日の闘いを前に。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年5月17日(木) 21時42分 [返信] [削除] 明日、キヨステがライブをするライブハウスでブッキングを担当するF氏と、その実兄であり、明日のライブでキヨステの後に演奏するUNDER THE COUNTERのS氏と、闘いを前にした緊急ミーティングが先日開催されました。この二人を兄に持つ末っ子の妹などは学校で、「どっちのお兄ちゃんでもいいから紹介して!!」と周囲の恋に恋する女学生から懇願され続け、半ばうんざりしたに違いない、越後が生んだイケメンブラザーズであります。 イケメンなどという言葉と無縁の、このやさぐれ中年男が、一回り以上年下の彼らに交じって飲むにあたり、さすがに二人の兄貴のようなポジションを気取るあつかましさは持ち合わせていないため、母親の一番下の弟か何かで親戚の中で一番若いおじちゃん辺りのポジションで手を打たせていただきました。 新潟出身で酒に強い兄弟を前に、酒にめっぽう弱いおじさんの記憶は、例により最後の方が幻のようになっているわけですが、年齢に関係なく、バンド活動で何らかを懸けたり、悩んだりする人達には共感を持たないわけもなく、年下ならば余計に応援したくなるような気持ちが出てきて当然でしょうか。しかし、幻時間で計りかねるのですが、おじさんのやさぐれ半生を聞き、彼らがドン引きしている可能性大と言うか、せめて反面教師にでもなれていることを祈ります。そして明日はフルの力で闘えるようにしっかり飲んでしっかり寝ます。さよなら。 |
| ビッグサイトへ。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年5月15日(火) 22時28分 [返信] [削除] 仕方なく日曜日。デザインフェスタには初めて行ったのですが、聞いていたとおりの広い会場、多くの来場者。全て見切れないうちに帰らねばならぬ時間となってしまいました。「アートとデザインの祭典」との触れ込みからも、何となくもっと絵やオブジェ的なものなどがあるのかと想像していたのですが、同人系のイラストや、小物のアクセサリーや雑貨を出しているブースがかなり多かったように思います。「アートとデザイン」にそれら全て含まれるとは言え、主流の絵などが押しやられてしまうと、コミケやクラフトマーケットと何が違うの?ということになりかねないと言うか、大きなお世話ながら、イベントとして埋没してしまわないといいですね。 口の端にヘルペスです。疲れがひどくなると抵抗力がなくなったサインとして表れますが、これができると2〜3週間は治らないので、ライブでもお見苦しいまま失礼します。さよなら。 |
| しばらくは自分達の無関心の代償だと思うしかないと思うのですが。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年5月11日(金) 22時56分 [返信] [削除] GWになると偲ぶことが自分の中で毎年の恒例となってしまった、あの偉大なミュージシャンが生前、核などいらないと歌っていた頃には既に、少年の頭でもとっくに、なぜ都会のど真ん中に原発を作らないのかなどと素朴に疑問に思うわけで、こちとら原発大歓迎などとは一瞬も思わずに来たのは事実であります。しかし、ここまで来てしまったこの国で、直ちに原発をなくせ、再稼動など一基も許さないと言わんばかりのあの人々は、今のこの国を維持するための電力を一体どうやって作り出すと言っているのでしょうか。 太陽光、風力など自然エネルギーで電力を賄えるように、数年、数十年かけてやっていこうという主張ならまだ分かります。彼らが今すぐ皆で原始生活に戻ろうとでも言っていないのだとしたら、今の生活を維持するための電力のために資源のないこの国は石油でも天然ガスでも買い漁ってガンガン燃やせなどと、もちろん言わないにしても結局はそういうことを言っているのでしょうか。まさか代替エネルギーのことに触れもせずただNO、NO言っていたりしたら噴飯ものですが、時間がなくてまだ彼らの主張をネット等で見きれていません。分かりやすいまとめサイトなどご存知でしたら教えてくださいませんか。 繰り返しますが原発賛成などではなく、冷静で現実的な話を聞きたいのです。東電の腹立たしいやらかしと、それによって苦境に立たされている人々、原子力の利権に群がった連中達の悪行やらを、エネルギーの問題と一緒くたにして語るべからずです。我々が受けてきた恩恵は無関心とともにあったことを忘れ、文句や理想だけを言う恥知らずさを避けるべしです。関心はあったが、絶対安全だと言う東電に騙されたのだという輩がいたとしたら、それこそ、あんなインチキ臭さえ気づきもしなかった輩の言うことに誰が耳を傾けるのでしょうか。さよなら。 |
| また歯医者。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年5月10日(木) 22時56分 [返信] [削除] 時間不足はここの更新などにしわ寄せが来ます。稀少な一人掲示板読者の皆さま、更新が滞る中、それでも覗いてくださってありがとうございます。 ちょっと別の絵を描いています。定年退職したおじさんが地域の絵画サークルでスケッチ旅行に行って描くような、そんな絵なのですが。さよなら。 |
| 3分の1経過。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年5月6日(日) 21時28分 [返信] [削除] 一年の3分の1が終わってしまったのですね。時間の使い方には神経を使うことを己に課してきたつもりですが、今年はそれをさらに強化しようと決めてからはや4ヶ月。この一ヶ月、キヨステの曲作り的にはまずまずの成果でしたが、あちら立てればこちらが立たず的に絵は全くの放置であります。明らかに明日死ぬならばレベルで自分なりの成果を残していないことにがっくりのため、もう一度、己の手綱を引き締めなくてはならないようです。さよなら。 |
| 2年半ぶりに。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年5月1日(火) 22時56分 [返信] [削除] 私の一方的な見方ですが、彼と私はもちろん違うところなどいくらでもありますが、自分が持つ弱さや狭量さ、そしてそういうものに対して自嘲的なところなど、いくらか通じるところがあり、彼をバンドに誘ったのはその辺りも影響しているはずですが、それゆえ反目するところがあると相乗効果のようなものも生み出すのか、最後は喧嘩別れのようにキヨステを脱退しました。 こういう場合、バンドのフロントマンであり、リーダー的ポジションにある私の方に何かと分があるのは仕方ないことです。私は古石とバンドを続けましたが、彼とは結成時から8年も、互いにバンドを自分なりに生活の一番に据えてやってきた仲間だったわけで、彼が失うものや彼の生活の変化を思うと、ほれ、一人辞めたから代わりの誰か入れんべと、会社の社長が、駒を入れ替えるような話にはできず、そのまま2人のキヨステになったのは、私の中でいくらかでも痛み分け的な決着にしておきたかったという湿った気持ちが働いた部分があったのは事実です。 2年半前、3人で演奏した最後のライブから全く連絡を取っていなかった彼が、昨日のライブに来てくれました。昨日のライブを見てくださった方達への感謝を忘れるわけではありませんし、ameiroはじめ対バンも楽しませてもらいましたが、昨日のライブに限っては彼が来てくれたことが嬉しかったという、そのことに尽きたということにさせてください。さよなら。 |
| 起きたらライブです。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年4月30日(月) 0時42分 [返信] [削除] あの王様じいさん達と自分では、社会的ポジションも持っている力も違いすぎて同列に語ることはできませんが、自分のバンド活動が他人から見れば同じようなものなのだろうかということは以前からよく考えます。例えばその日に初めて対バンした若者達が「おっさん、何やってんの?って感じっすよ」などとわざわざ言ってくるわけがありません。バンドを通して知り合った友人などは、バンドの良し悪しよりもまず、続けていてほしいという思いが先行するかもしれません。要は、これはバンドに限らず全てのことがそうでしょうが、他人からの批判の声は、応援や称賛の声よりも本人の耳に届きにくいものですよね。そのことで大きな害悪が生まれるならともかく、アマチュアバンドマンが続けるか否かレベルの話では。 被害妄想ではなく、知り合いに「もうそろそろバンドはいいんじゃない?」などと言われることもありますから、そんな時は、ああ、そう思ってる人も結構いるのかなと思ったりします。自分は良いものを作れていると信じて続けるのも、好きなことだからとやり続けるのも本人の勝手ではありますが、人を全く元気づけることもできず、本当は全くダメなものを、耳に届く「良い話」だけに気を良くして続けているのだとしたら自分がかなり哀れです。 自分を客観的に評価するのは本当に難しいことですが、バンドマン達は自分達の集客数や、(批判が届きにくいのならば)称賛の声の多さ少なさなどでも何らかを計ったりしているのでしょうか。自分に続けることを許すかどうかを計るためにも、年寄りバンドマンは一本一本のライブを、より全力でやらなくてはいけないのだと思います。別に他人の評価を気にしろと言っているのではありません。自分を見極めようとすることは、私にとっては長く生きた者の分別であるように思います。8割の力でライブをしたところで何も見極められません。 明日のライブで全力が出せるとよいのですが。そして少しでも見極めるためにも、何とか今年、自分達がやっていることをCDという形にできると良いのですが。さよなら。 |
| 練習してきました。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年4月23日(月) 23時28分 [返信] [削除] 絵が進みません。萎えそうで怖いです。そして目標としていた今年中のCD制作のためにはそろそろ曲を揃えなくてはであり、前回のライブで初演奏した新曲がなかなか好評を得たことに気を良くし、現在、さらなる新曲と言うか、正確には半年位前から数回ライブで演奏したものの、中途半端にそのままになっていた曲の作り直しをしています。先ほど月曜の夜から練習。次のライブに間に合わすため今週も3回練習。私達、超マジメですよ!。少しは報われて良い曲ができてくれないとグレて、ちょいワルどころか激ワルオヤジになってやります。さよなら。 |
| 遅くまでありがとうございました。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年4月17日(火) 22時14分 [返信] [削除] 一昨日共演した11☆12というバンドの、同い年であり、ライブの度に遠く長野から出てくるT君と知り合ったのは2年くらい前でしょうか。一昨日の彼らのライブ中、彼の足元にあるギター用エフェクターが不具合を起こしたので、エフェクターボードごと貸したのですが、お礼に次の曲は私のお母さんに捧げるなどと言い出し、ステージ上から母親の名前を聞かれました。そこで「何で?」と聞き返すのも野暮な感じだったので、「淳子!」と答えはしましたが、ライブハウスで母親の名前を大声で言わされている自分がわけが分からず、まあ曲を捧げられた淳子さんはもっとわけが分からないと思いますが。 我々のライブでは、途中、音程が取れなくなったりもしましたが、自分達としてはやれる限りやったライブでしたし、対バンの演奏もとても楽しませてもらえた日でした。我々が今年導入した新兵器、アカサカ君とはギターをその場で録音してそれに合わせて演奏し、ギターが二人いるかのような演奏をするものなのですが、今やライブの半分以上の曲に使っているにも関わらず、バンドをやっているような方はともかく、一般のお客さんには全くそのことに気づかれないようで、アカサカ君の使用にかかる我々の労力に比して、あまりにも地味な、報われない反応に泣けます。いや、あまりに効果が自然に溶け込んでいて気づかれないのだと自らを慰めて今後も使っていきたいと思います。 日曜の遅い時間まで、見てくださった皆さん、ありがとうございました。さよなら。 |
| 明日ライブです。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年4月14日(土) 16時28分 [返信] [削除] ここ最近は絵も後回しだったわけですが、それでも空いた時間に1時間ずつなど、私の性分としてはかなり無理のあるコツコツ具合であります。変化が見えづらく面白くないので、ここに写真を載せるのも避けていましたが、完成までもう少しというところで壁にぶち当たり、色々試行錯誤を繰り返すうち訳が分からなくなりそうです。 文章などで推敲を繰り返したり、バンドの音源などでしつこく音をいじることが、良いものにするために必須の作業とは言え、そうして手を加えるうち、本質がぼやけたり、何が何だか分からなくなるということはよくあることですよね。この諸刃の剣的な作業で自分にマイナスを生まないケースというのは、ここをこうしたら良くなるかも?のような「かも?」の繰り返しではなく、はっきりとした完成のイメージを持ちながら、それに近づく、「良くなる!」と確信が持てる作業をしている時ということでしょうか。 こういうことは文章や音楽だけでなく、仕事や人とのつき合い、全てに通じるものであって、何をするにも到達点や望ましい状態のはっきりしたイメージが持てる人間が強いのだと思います。「良い曲とはこういうものだ」「バンド活動で目指すものはこういうことだ」「望む生活、生き方とはこういうものだ」というように。自分で書いていて、自分で耳が痛くなってきてしまいました。トホホであります。さよなら。 |
| 最後の一言はよかった。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年4月9日(月) 23時42分 [返信] [削除] 毎年正月、万難を排してでも見逃せない裕也氏のNYWRF(ニューイヤーズワールドロックフェスティバル)については、今年も3ヶ月前にここで語らせてもらいました。来月にキヨステが共演するバンドのメンバーにも、このNYWRFを熱く語る輩がいることを知り、昨日ライブハウスで話した女性からは私もそうだと打ち明けられ、このNYWRFを部屋で見ながら、突っ込みを入れまくらなければ年を越した気がしない輩が実はかなりの数、潜んでいるのではとの感触を得ております。裕也ファミリーのコアメンバー、力也氏のあのプレスリーのモノマネのようなライブにも随分お世話になった我々であり、ジョー山中氏に続き寂しくなります。ご冥福をお祈りしたいと思います。 我々と同じ楽器編成のパパライオンというバンドにゲストでベースが加わったライブを見て、やはりベースは必要なのだろうかと今さらのように思わされつつ、今週末のキヨステライブに向けて練習です。年明けから新兵器の訓練にばかり追われていた我々ですが、新曲の完成が間に合うかもしれないので、ライブまでに今日を含め3回、練習を詰め込んでみました。さよなら。 |
| マイウェイ。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年4月7日(土) 12時28分 [返信] [削除] 東急がbunkamuraを、サントリーがサントリーホールを造ったように、民間企業が行う文化・芸術への支援事業などをメセナと言うのでしたか。スポーツの実業団などでも同様ですが、景気が悪い中では真っ先にリストラされそうな分野の事業であります。私が住む神奈川の地方銀行、横浜銀行がバブルの頃なのでしょうが、企業メセナとして「はまぎん産業文化振興財団」というものを作っています。 その財団が年4回「マイウェイ」という、神奈川県内の文化財や景勝地、産業や芸術をテーマに無料の小冊子を発行し、横浜銀行の各支店や図書館などの公共施設に置かれているのですが、いまだ廃刊されず頑張っています。このマイウェイの内容のクオリティが半端なく高いのです。昔から目にすると持って帰っていたのですが、もらい損ねた号もたくさんあり、昨年、財団にお願いして持っていないバックナンバーをごっそり送ってもらいました。 今週もらってきた最新号は「かながわ民俗芸能物語〜鎌倉・藤沢編〜」。鶴岡八幡宮の神楽、御霊神社の面掛行列・・・、無料とは思えぬ内容の濃さに今回も脱帽であります。こういう分野にご興味のある方には神奈川県民でなくとも面白い内容ですし、横浜銀行の支店は都内にもいくつかあったりしますので、見かけた方はぜひ一度ご覧になってはいかがでしょうか。さよなら。 |
| オリンピックを目指す人。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年4月2日(月) 23時56分 [返信] [削除] 自国では力不足によりオリンピックの代表にはなれないスポーツをする芸人が、自分の力でも代表になれそうな弱い国を選んで、言語も歴史も大して知らないその国の国籍を取得し、その国でオリンピックを目指している若者達を蹴落として代表選手になる。類い稀なる自己愛とあつかましさの持ち主でなければできない芸当です。おまけに、この芸人への瀬古氏の賛辞の軽薄さは、まさにあの陸連にぴったりということなのでしょうか。 ボクシングでオリンピック代表を目指す女性芸人は、数人しかいないというあの階級の競技人口が何千人もいたとしても同じように目指したと信じたいものですが、彼女やマラソンの彼がこの数年間、本気で練習を積んできたことは事実だとしてそんなことはどうでもよく、問題はまず最初に、どんな分野でもその道一筋に賭けてやっている人間がいる世界を舐めてはいないか、非礼はないかということではないでしょうか。昔から「礼節の国、日本」という言葉を聞きますが、これが誤った愛国心でもって過剰に右に偏った人々だけが使う言葉であってほしくないものです。 オヤジのぼやき書き込みが続いてすみません。さよなら。 |
| 狂っている? 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年3月29日(木) 1時14分 [返信] [削除] 「常識」だとネット上でコメントを書き込む人種が、果たして常識を形成する中心層かどうかはさておき、入れ墨をした市職員がいたとして、その入れ墨で人を脅してなどいれば、それは「アンタ狂ってるよ」でしょうが、入れ墨だけを見て狂っているなどとは思わない私も狂っているのでしょうか。 バンド活動などをしていると入れ墨を入れた知り合いなどいくらでもできますが、そこではどんな世界とも同じく、入れ墨をしていようがいまいが、いかさない人間はいかさないし、かっこいい人間はかっこいい、それだけのことです。確かに入れ墨をした兄ちゃんに怖そうな人は多くても、違法行為でもない入れ墨をしているというだけで100%NOと言い切ってしまえる、かつて「常識」外れに茶髪であり、法律の使い手である弁護士もなかなか怖いです。 最大公約数的な価値観など、すなわち正論とは限らないと、普段から「常識」にアレルギーさえ感じている自分と、「常識」との距離をあらためて教えてくれるニュースではありました。さよなら。 |
| 雨上がりのライブ。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年3月26日(月) 22時42分 [返信] [削除] 私の職場ではこの時期、一年で最も大きな人事異動の発表があります。どこに配属されるかによっては、休みが取れず思うようにライブができなかったり、大事なシエスタを奪われ夜更かしができなくなったりと、バンド活動に大きな支障をきたすため、発表を見る時には毎年若干の緊張を伴います。もしそんなことになったら、何のためにこの仕事に就いているのか全く意味が分からなくなってしまいますし。 今日の発表で、異動対象にならなかった私は、これからの一年も、おそらく今年度と同程度はプライベートの時間が持てるものとひとまずほっとしています。この前、今年の6分の1が終わると書いたばかりな気がするのに、もう4分の1が終わろうとしているのですね。年始に掲げた目標のためにも就労環境に変化がない今のうちを大事にしなくてはと思います。さよなら。 |
| 土曜日ライブです。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年3月23日(金) 0時14分 [返信] [削除] 金田一耕介でおなじみの横溝正史氏の小説は、昭和の頃、角川文庫から90本くらい出版されていたのですが、今は多くが絶版となり20本ほどになっています。当時の杉本一文氏によるカバー画が、小説の雰囲気にもマッチした最高のものであり、子どもの頃にそれを見た時はその妖艶なカバー画だけでうなされそうでした。下で書いた昭和枯れ古本屋には、このかつての文庫本も何冊かありました。 上の画像は、有名な作品の一つ、「悪魔が来りて笛を吹く」の、左が昭和の杉本一文バージョン、右が現行の文庫です。現行版の何という味気なさ、貧しさ。昔は良かったなあなどと何でもかんでも言いたいのではなく、年代関係なく良いものは良いという、ただそれだけなのですが。 角川文庫の電子書籍版では、印刷コストがかからないことの恩恵か、上記の横溝正史90本のほとんどが復活だそうです。しかも表紙絵は全て杉本一文氏の画に戻されるという、ささやかに朗報です。さよなら。 |
| 身近なディープスポット。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年3月21日(水) 23時14分 [返信] [削除] 家の近くにスーパーのマルエツがあるのですが、これまでほとんど行ったことがありませんでした。先日、買い物があって行ったのですが、建物自体がかなり古く、テイストは昭和バリバリであり、よく地方の町を旅行し、○○屋などという名のしなびたローカルデパートに入ると、1階などはまだしも、上の階の婦人服売り場などは古いマネキン人形とともに、もはやホラーの雰囲気を醸しているという、あれを思い起こしていただけますでしょうか。それに加えて、昨年からの節電により、マルエツの2階は、ただでさえ安っぽい蛍光灯の明かりが減らされ薄暗く、むしろところどころ点いたり消えたりしてくれた方がぴったりくるような具合でした。 最上階の3階に行くと、かつてはちゃんとしたマルエツの売り場だったのか、閑散としたスペースの一角で、子ども達が側転の練習などをしています。地元の体操クラブが体育館の代わりに借りているといった感じで、マットだけが敷かれ、付き添いのお母さん達がおしゃべりしながら見ている、明らかにデパートやスーパーとは異質の空間でありました。 そして私の心拍数を一気に高めたのが、汚い書棚にボロボロの本が並ぶ、まさに古本屋であり、レジには店主の息子と思われる5歳くらいの子どもが座り、もはや古本と言えばブックオフのこの時代、子どもの面倒を見ながら店番をする父親という、こんな昭和枯れススキな店がマルエツの中にあるという。多くが絶版となってしまった横溝正史の角川文庫版、古い映画のパンフレット、レコード。曲がりなりにも横浜。身近にこんなディープなスポットがあったとは。通ってしまいそうです・・・。さよなら。 |
| 先輩、見させていただきました。 投稿者:柴田 豊 投稿日: 2012年3月20日(火) 0時14分 [返信] [削除] 漫画家・永井豪にも超うるさいその先輩の、風呂無し木造アパートの邸宅にお邪魔していたある日、どれだけ永井先生の作品が素晴らしいかの御講話の中で、デビルマンのOVA(オリジナルビデオアニメーション)を手に入れたが、これが永井先生も御満足のいかに秀逸なものかということを延々と聞かされ、てっきりそれを今から見させてもらえるのかと思いきや、「オマエらにはまだ早い」みたいな。さすがに相手が先輩であっても、何だそりゃと言いました。 まあ何でこんなことを書いているかと言うと、この時のデビルマンOVAとやらを偶然youtubeで見つけ、この愛すべき先輩のことを思い出したのでした。時を経て、今ようやく目にしたそれは、暴力描写もリミット無しの確かに素晴らしいものでした。当時、一本1万円くらいで売られていたビデオソフト、もったいつけられた上、結局見させてもらえなかったビデオが、こうして自宅のパソコンでネット伝いに目にできる日が来るとは。 この先輩はアメリカ・サザンロックの大ファンであり、カウボーイハットをかぶりながら、「ロックは生きざまだ」「まだ見ぬ故郷、アメリカ」などというセリフをよく吐かれておられたのですが、今、日本の自動車メーカーに勤めつつ、奥様やお子様達と相模原のマイホームで平和にお暮らしでございます。さよなら。 |