10月20日(金) 三軒茶屋ヘブンスドア
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結局間に合わないというしまらない話。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年9月15日(金) 21時28分

ネガティブなトーンも、下劣なネタも、昔から嫌いではない上に、この世は全て悪い冗談だくらいな感覚でいる時が多いので、ここでも自分の好きなように書いていると、一部の方から誤解を受けたりひんしゅくを買ったりして記事を削除することが年に1〜2度ある私です。それが今でした。失礼しました。

マイ甲子園は今日が締切日。特にこの3日間は可能な限り寝ず食わずで描きましたが、昨夜3時くらいだったか、何をどうやっても完成が間に合わないことが確定した時は、何かがぷっつり切れる音が聞こえそうでした。これがサラリーマンオッサンの趣味の限界でしょうか。ただ、今回出すコンテストは一次審査が写真選考というもので、気を取り直し、とりあえず描けたところまでで撮影して出してみました。何作品くらいが一次審査で残るのか分かりませんが、完成が近くはあったので、これで落とされる絵は、おそらく100%描き切っても無理だろうとあきらめをつけます。

コンテスト等に申し込んでさえしまえば、無理にでも描く時間を生み出すだろうという、このいつものキャンペーンですが、この2週間、ギターなど全く触れていないのですから、結局は元々余白のない生活の中で何を優先して何を犠牲にするかというだけの話であり、こういうことを考えると、また身体売ってどうとかくだらない妄想話を繰り返しそうなのでこの辺で。とにかくまずは寝ます。さよなら。

描ける時には描いていたのだが。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年9月8日(金) 22時28分

ライブのお礼が遅くなりました。ライブ前に3人で入った中華料理屋で、語ると長い、冷たい仕打ちを受けた我々は逃げるように店を出て、「昭和枯れすすき」をさめざめと歌うしかありませんでした。フロアの様子はいかにもな最近の平日ライブハウス、やれる限りのことはやりましたし、ライブを良かったと言ってくださる方もいましたが、月に一本しかできないライブで、何とも攻めている感は薄く何とか続けていてこの先何がどうなるのでしょうか。こんな気分は、ゾンビの生みの親、ロメロ監督に、悪魔のいけにえのトビー・フーパー監督が最近立て続けに他界されたことによる壮大な喪失感がそれを助長しているのでしょうか。感謝の気持ちが伝わりづらい展開ですが、来てくださった皆さん、ありがとうございました。

マイ甲子園などと、かっこつけて描いていた絵でしたが、気づけば夏は去り、コンテストの締め切りは数日後。あれほどもう徹夜まがいのことはしたくないと思っていたのにまた同じ轍であります。さよなら。

吉村昭の小説と古い友人。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年8月27日(日) 16時14分

先週読み終えたのは吉村昭の小説です。氏の作品には、過酷な自然や脱出不能な牢獄、世界最大の戦艦の建造など、そのような「乗り越え困難な壁vs人間の力」という構図のものがあるのですが、その多くが実話に基づき淡々とした文章で書かれており、かえって熱くなります。

下の書き込みの「写真を撮った写真」を送ってきたのは、中学校入学から私が転校するまでの1年ちょっとの間しか一緒にいられなかった友人ですが、当時、彼の作ったプラモデルは、手先の器用さについては少なからず持っていた私の自信を根絶やしにする完成度でした。数年前、彼と中学の時以来で再会した時、彼は一人だけでログハウスを建てられる職人となっていて、木から家具や雑貨なども作るだけでなく、ヤギを飼いながら畑をやったり、それまでDIYについて持っていた私の自負をまたしても吹き飛ばすDIYの権化となっていたのでした。上写真は彼が小さな木片からリューターで彫り出したものです(勝手に無断転載)。

再会した友人が、ものづくりが得意と言うより、ほとんどものづくりしかやらない人として生きていて、それが嬉しかったり羨ましかったりだったわけですが、偶然にも彼も吉村昭の愛読者の一人でした。DIYとは何をするにしても、過程で生じる課題や問題に自分で考えたり、試行錯誤することが不可欠で、また、そういうことが好きな人がDIYな人だと思いますが、まさに「障害vs人智」のような設定が売りの吉村氏の作品に共に惹かれていたことに、会っていなかった間も同じような方向を向いていた気がして嬉しかったのを覚えています。

彼ほどのものづくり人間にはなれなかった残念な私ですが、曲がりなりにも作詞や作曲などもして過ごしてはきたわけで、次の発表の場が近づいてきました。あさって29日(火)、平日ですが、何とかお客さんを集めたい日ではあるので、ぜひよろしくお願いします。さよなら。

彼はどうして鉄への道を捨ててしまったのか。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年8月16日(水) 20時56分

小田原の中学時代の友人がFBで突然、小学生の私の旅行中の写真を上げてきました。10系寝台車、485系特急、二条城、その写真に一緒に写っている小学生時代の友人と彼が仕事で絡んでいる様子で、家にでも遊びに行って見せられたのでしょうか。

国鉄民営化前の昔、京都と出雲市の間を走る夜行の普通列車がありました。ディーゼル機関車が牽引する座席車や荷物車に交じってその列車にはボロボロのB寝台車が1両だけついていて、寝台券発券の関係で鈍行列車なのに「山陰」という名前がついているという、全国でも非常に稀な列車でした。その憧れの「山陰」に乗るため、我々小学生3人は、岡山の私の母の実家での泊まりなどを絡めた、遠く山陰への旅に出たのでした。

薄暗い電燈、もうもうとする煙草の煙、酒を片手のオッサン達。「山陰」の寝台車内は小学生の我々が見たことのない、鼻血が出そうなほど素敵な世界が展開されており、雑誌記者だと言っていたお兄さんが、通路で立ち食いしていた駅弁を、食べ残しのあるまま、走る車窓から手慣れた感じで捨てる姿がかっこよくてしびれ、また、そんな車内で子どもは目につくのか、酔ってベロベロのおじさんが「おまえら、もうセンズリしてんのか?」「どんどんセンズリしろよ!」などとからんできて、その言葉の意味が分からない我々はポカンとしていたのでした。

だいぶ後から知ったことですが、子どもだけでそんな旅行に行かせることが学校やPTAで問題にされ、少々騒ぎだったそうです。私の母親は放任主義と言うと格好良過ぎで、とにかくただ好きにさせている感じで、今ではR指定、人の首が吹っ飛ぶようなホラー映画を毎月一人でノリノリで見に行く小学生の息子をどう思っていたのか、私の人格形成に問題ナシと言い切れる自信がありません。そんな親ですからPTAなどで問題にされるとは思いもせず、それでもかわいい子には旅をさせよのつもりで送り出してくれたのか、そうして無事帰ってきた息子の第一声は「センズリって何?」だったわけですが。

それにしても、貯金をはたいて手に入れたカメラを自慢げに持って写るこのクソ生意気な小学生は、撮り鉄、乗り鉄としての素質をここまで十分に持ちながら、なぜその後、鉄オタエリートとしての輝ける道を歩まなかったのか。中学生になった私は、小学校の時に吹いていたトロンボーンがきっかけでのマーチングバンドの活動と、いまだにあそこまで人を好きになったことがあるだろうかと思うくらいの初恋に心を奪われ、鉄の道からはぐれてしまったのでした。そう考えると、音楽と恋などという実にミーハーとも言える人生の選択に少々がっかりもしますが、考えてみるとここ最近、旅に出ていないことに気づきました。今こそ鉄の血を取り戻す時が来たのかもしれません。キヨステに行き詰った時は、鉄サークル「キヨスク」を立ち上げたいと思います。さよなら。

主役は奪われたが。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年8月4日(金) 22時56分

一昨日の一人掲示板ライブ、CDも売れ、久しぶりにお会いする方もアリで、いい夜を過ごさせてもらいました。来てくださった皆さん、ありがとうございました。我ら一人掲示板の演奏は、カメさんがアコーディオンの演奏をばっちり決めながらも、私自身まず使用することのない「やんちゃ」などというワードを用いながら若い頃の私を形容し、ステージ上で生き方への反省を促し、私は害虫のように駆逐されるという、いつものMCテロにさらに磨きをかけたパフォーマンスでありました。遂に終演後、お客さんから主役はカメだったとの感想をいただくに当たり、次回からユニット名を、「徹子の部屋」よろしく「カメの掲示板」にするしかない様相であります。

共演者達のライブも期待通りだったわけですが、今回主催の川口純平君がライブ中に、自分は夢を見続ける、失敗したと気づく時にはもう死んでいる時まで見続ける、と、要約するとこんな感じだったようなMCをしていて、例えばそういう言葉を、ネット上の冷めた画面でテキストだけ眺めれば、何だか熱いこと言ってんなあと、それだけで終わるかもしれない言葉が、あの場であの空気感で言われるととても素直に入ってきて、これが「ライブ」なのだとあらためて思ったのでした。

音声だけのファイルとそこに映像がついた動画ファイルとの情報量の差は分かりやすく、誰もが知っていて、youtubeなどで視覚への恩恵を皆、受けまくっているわけですが、さらに進んで動画ファイルと生現場の情報量の差は、その大きさに比例するほどは重んじられないことがいつも寂しいです。芝居でも絵でもスポーツでも何でもそうですが、臭覚や触覚が加わるだけにとどまらない、その場の空気感や立体感、その貴重さが重んじられた時、ライブハウスももう少し人が来てくれるようになるのでしょうか。

「夢を見続ける」などとは恥ずかしくて言えないだけでなく、内心の夢はそれが破れた時の悲惨と常にセットで持たれていて、その時が来ても耐えられるよう心の準備だけはしておこうとさえ思いがちな私にとって、とにかく見続けて見続けて、あれ?と失敗したらしいことに気づいたら死んでいた。その純平君のMCは、私にとって目ウロコと言うか、そうか、それでいいんだなと妙に気持ちが軽くなるような。この日の夜は特に涼しくひんやりしていて、身体まで軽い帰り道でした。さよなら。

アンダーグラウンドで夢を見る。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年7月28日(金) 20時42分

ただでさえ私の生命力が低下する夏。4月からの新職場での昼寝場所である備品庫はそれなりにグッドなシエスタ環境だったのですが、エアコンが無いのに夏場を乗り切れるものなのかが当初からの懸念材料でした。案の定、6月頃からは寝汗をかいて昼寝から目覚める具合で、7月に入ると暑さでついに眠れなくなってしまいました。日に日に弱っていく心と身体。このまま座して死を待つわけにも行かず、新天地を求め再び放浪の旅に出ることを決意したのでした。
【バンドのサイトで何でこの人はいきなり昼寝の話をしているのだろうと思われた方、お時間ありましたらこちらを】

原点に立ち戻っての自席や、通路の突き当りのデッドスペース等を数日さまようも、どこも安住には遠く、最早これまでかと思った時、後輩職員が地階にある備品庫を提案してくれました。自分の職場がある6階からの距離やエアコンが無いことから除外していたのですが、実際に行ってみると、エアコン無しでも涼しく、若干のホラーテイストも備えた薄暗い地下室で、いい夢見られること間違いナシのなかなかの場所でした。欠点は往復の移動時間と、誰でも入ってこれてしまう場所のため、常に鍵をかけておかねばならず、また、ケータイの電波も通じないため、もし中で何かあっても誰も呼べず誰も入ってこられないということでしょうか。

結果的にこれまでで最大規模のシエスタスペースを確保でき、椅子の一つをオットマンにして足を伸ばして寝ており、何ならこの棚の一つを整理してベッドを作ってしまおうかという贅沢さ。これで5日後に迫る一人掲示板ライブも万全の体調で臨めそうです。5日後のライブは、調子良好のバンド「断絶交流」の川口純平氏ソロ、20年来の腐れ縁、「HELSINKI ON THE BEACH」の瀬戸口様之介氏ソロ=ビーチくん、カメさんと柴田の一人掲示板で臨むアコースティック3マンライブ。純平氏、様之介氏ともに、文句無くおすすめ、酒も進むこと間違いなしです。

というようなことも印刷したハガキDMを発送しました。2017年の今、プロアマ問わず、郵便ハガキでライブ告知し続けているバンドなどいるのかと前から書いてはいましたが、本当に我々だけかもしれません。さよなら。

「書を捨てよ、町へ出よう」というのがありましたが。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年7月19日(水) 20時14分

下で甲子園などと打ち上げつつ、昨年は応募1656点、そのうち18点だけが展示という、そのコンテストの思っていた以上の事実を知り、あまりの現実味の無さになかなか始める気が起きません。良い結果のためでなく、そもそも描くきっかけなのだということを思い出さねばなりませんが、そんな狭き門なのに何かを夢見てか、出品する人がそれだけいることがすごいなと今さらのように思ったり。

何とか絵を描き始めたとして、そうするとまた身動きが取れなくなりそうなため、その前にライブを見に行くことにしました。ライブハウスには、かつてはどこかへ週一は客として足を運ぶも、最近は幻滅が怖くて近寄りづらくなっていたのですが、この連休中にデッドバンビーズとゴルゴブッチという以前から知り、私も一ファンである同世代バンドを一緒に見られる日がありました。

若い者には負けないぜどころか、まだまだ勝っていると本気で思い込んでいるような、確かに演奏は上手いのかもしれないが別に人気があるわけでもないオッサンバンドが、ふんぞり返って出番前の楽屋を占拠している姿などを目にする時は、昔から、今すぐバンドなんてやめてしまいたいなどと思ったものです。が、誰もが彼のドラムを賞賛する私と同年代のドラマーが、最近の若いドラマー達の上手さに感心し、負けないように夜勤明けでもスタジオで個人練習したり、時には若いドラマーを誘って一緒にスタジオに入り、難しそうなパターンをいとも簡単に叩く姿を見て、悔しがりながらも密かに真似てみる話。他にも、今からでもギターがもっと上手くなりたいと教室に通い始めた話などを、バンビとゴルゴブッチのメンバーから聞くうち、私が最近ライブ後に襲われている演後うつをはじめとしたもやもやが晴れていくような。こういう「姿勢」の人達に憧れるし、こういう人に会えるライブハウスであってほしい。疲れていた日だけれど本当に来てよかったなあと。

しんどいからと家にいたままでは得られなかったもの。そう言えば乗る度に人生最重量を記録する体重計の数字は密かに把握していましたが、「柴田さん、太った?」と遂に指摘されたことも、家にいたままでは無かったことかと。あさって金曜はキヨステライブです。ダイエットは間に合いませんが、元気にさせてもらえた気分で臨みたいと思います。対バンも期待できそうです。どうぞよろしくお願いします。さよなら。

マイ甲子園のための材料届く。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年7月8日(土) 18時28分

都議選後の対応や、前川氏の参考人招致も自身の留守中にとは。何とも一国の首相としてすごいことですね。テロや侵攻を受けた国で、やりかえせ!やっちまえ!派の政府ほど一気に支持率を高めるのは、いつどこでも世界共通でしょうが、安倍政権がピンチになる度、タイミングよくミサイル飛来、報道ジャック、政権をヘルプという流れ。自民党が北と繋がっている的な妄想や冗談はさておいても、北が自分達の駆け引きポジションのために、敵対的な政権にこそ続いてもらわなくてはと、せっせとミサイルを撃つなんてことはあり得るのでしょうか。

そんなつぶやきこそSNSで、ここは音楽や絵のネタをと思いつつ、すっかり逆でした。前世が苔かカビあたりと推察される私の、一年で最も体調良い季節が、どうにも気分低調のまま過ぎて行き、もう10日も治らない口内炎に食事の度にアタタタ言い続けていても、新曲だけはいくつか作ることはできました。ネットには載せられないようなひどい歌詞の曲もありますが、8月2日、バンド「断絶交流」の川口純平氏の主宰で、HELSINKI ON THE BEACHの様之介氏と一人掲示板との3マンという、平日開催が恨めしいほどおすすめなライブで演奏できたらと思います。

この2ヶ月、やはり目標を設定しないと絵は常に後回しなので、2017年夏のマイ甲子園として今から2ヶ月後に締め切りがある公募展に申し込みました。そこそこのハードルで最低でも展示はされるというレベルを探したのですが、なかなか良いものがなく、結局、今回も5月の惨敗を忘れたかのような狭き門であります。いつものワンパターンな絵にするので、ネットでのアップもほどほどにと思いますが、独学オッサンの趣味により、暑い、いや熱い夏にしたいと思います。さよなら。

描くほど狭くなる部屋からタブーネタ。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年6月26日(月) 20時56分

本来であれば、体調が良くなり過ぎるくらい良くなる梅雨寒の日でも気分がすぐれないという不測の事態も、内閣支持率が少し落ちたニュースを目にしただけで、気分がいくらか上向きになっている自分に気づくと、自分はどれだけ今の政府や世の中にやられているのかと半分あきれます。そんな中、先週のキヨステライブは、古石の職場が近く、彼の人徳か、職場の方が多く来てくださり、その他、お出でいただいた皆さん、ありがとうございました。演奏も調子良く、最近お約束の演後うつは随分回避できた日でした。

とにかくシラを切り通す、とにかく無視するなどの子どもじみた強引さの反面、大衆はどうせすぐ忘れる、テロって言っときゃみんなOK的な大衆への冷静な見下し。デモなど怖くも何ともなく、マスコミでの扱いさえ気をつけておけば、多くの大衆にとって、デモに行く人はあくまで「特殊な人」でしかないとお見通し。悲しいかなその通りでしょうか。

小さい頃から私への説教の決めゼリフは「常識を守れ」であり、ミスター普通、ミスター公約数、会えばバトル勃発の私の父親(WILL購読者でもある)のような、「少数派」というものに属したことのないような人は、共謀罪を免れる「一般人」というものに一括りにされる怖さが分かるはずもないどころか、括られることでご安心なようです。そんな世代の、選挙に必ず行くようなジジババの支持を受けつつ「美しい国」とやらができあがる頃、ジジババは他界、残した子や孫に何を残してくれようとしているのでしょうか。政策的にはOKだが、いくら何でもこんなやり方をする指導者では国が滅びてしまうと、愛国心溢れる方々は憂国の思いにかられたりしないのでしょうか。

とどのつまり、選挙しかないのかと。元々共産党には同調できず、テレビに蓮舫や瑞穂が出てきた時の、アンタじゃねーんだよ感に果てしない絶望感をもらおうとも、とにかく自分の意思を一票に込めるしか今はないのかと。彼らが言う大衆の、皆がそうするならそうする的、一斉に流れてしまう特徴が逆手に働き、今の政権じゃやばいらしいぞという世間の波が一気に膨らむことを期待します。しかし、このまま首相逃げ切り、今後の選挙でも圧勝などという流れになった時、オリンピック開催地が東京に決まった時も回復までにかなり時間のかかったダメージを受けましたが、その比ではないような気がし、自分は大丈夫だろうかと思います。さよなら。

そろそろ上がってくれ。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年6月15日(木) 23時14分

久しぶりにネットの海に船を出すと言うか、最近はライブをしてくる度、しばらく気分が落ち込み、ダメだこりゃと言うか、これを「演後うつ」と名付けようと思います。そんな中、国会の様子などを見るにつけ、連中にと言うよりも連中を支持さえする人の多い世の中に気が滅入り、おまけに結局飾られもしなかった絵が戻ってきたりするものですからたまったものではありません。ライブのお礼もせずにすみませんでした。来ていただいた皆さん、ありがとうございます。

先週のライブで共演した20代の若者バンドは、我々が20代の頃、ライブハウスに出ていたバンドの平均的なものと比べても、曲、演奏力、ルックス、人柄、どれを取っても上ではないかと思う良いバンドでしたが、そのお客さんの数には、昔のそれとは違う、とにかく人のいない、現在のライブハウス界の斜陽ぶりを見せつけられるようでした。

恥ずかしながら今回も、ライブ前にあつかましく知り合い等に声をかけ、来てくれた方のおかげで生きながらえたライブ活動であり、ライブ自体はカメさんヘルプのもと好調に終われました。また、ライブ後の皆さんとの会話の中では、ユニット名くらいは景気良くとの趣旨により、私がヘイトしそうなワードを選りすぐり合体させた「ほっこり記念日」という案をいただけました。ほっこりと記念日の間に♪の挿入なども考慮すべきかと思われますが、まずはMC中に繰り出す、ほっこりポーズを完成させました。さよなら。


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