6月23日(金) 横浜クラブセンセーション
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【次回ライブ】
6月7日(水) 渋谷ホーム
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なぜ躍起になったのか。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年5月17日(水) 20時56分

2017年キヨステ美術部の活動として設定した、とあるコンペへの出品により、なかなかハイレベルな独りよがり地獄を体験させてもらえました。通常なら間に合わない2枚目の制作のため、GWなども起きている時間は全て捧げましたが、キヨステライブ当日とも重なった搬入日は、前日から20時間ぶっ通しで描き、4時間寝て、お台場の先まで搬入に向かい、そして三茶でライブという、気が触れたような一日でした。

そんな中でも脳内で何か危ない分泌物でもあったのか、ライブ前のネットカフェでの昼寝が効いたか、ライブはメンバー一同、納得の出来で終わることができましたし、対バン陣のライブが素晴らしく、とにかく無事に終えて良かった一日でした。来てくださった皆さん、ありがとうございました。

どうしてこんなに躍起になって絵を描いたかと言うと、今回出したコンペは2000点もの作品が集まり、その中から80点ほどだけが展示される狭き門なこともありますが、展示されなくても審査員の採点により全作品に順位がつけられるそうで。美大卒や本格的に絵を描いている人達に、働くオッサンの独学趣味がどこまで行けるものか試してみたかったということがありますが、そこで例え残念な結果を聞くにしても、自分でやり切った感がないものを出しても、気持ちが悪いだけかなと。

そんなわけで2点の出品を申し込んでいたため、とにかく描きまくりましたが、搬入前に募集要項を見直してみると、2点出品した場合、上位の1点しか展示されないという一文を見つけ、しかし考えてみると、そもそも80点の中に2点とも入るわけないじゃないかと、どんどん冷静になっていく自分は、あの、気づくと絵の前でよだれを垂らしながら気を失うように寝ていた、特に2点目における地獄の日々は一体何だったのかと。いや、もうそれはよいのです。予定通り、一生で一番絵を描いた数日を過ごさせてもらえたのですし。FBやツイッターで応援をくださった皆さん、描かねばという気に本当にさせてもらえました。2ヶ月弱の間、おつきあいありがとうございました。さよなら。

高過ぎた地獄レベル。そのBGM。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年5月3日(水) 11時56分

なぜここまで躍起になっているのかは、またあらためますが、二度とこんなことはしないぞと毎日心に刻みながら、楽しく過ぎるセルフ地獄生活が残り半月を切りました。FB等でレポートはしてきましたが、昨夜、ようやく1枚目が完成し、今日の午前中は休憩とし、ライブ情報の更新などをしに来ました。

いつもそうなのですが、新しく絵を描く時に、その絵を描く間に流すBGMの再生リストを作り、絵が完成するまでそれがひたすらエンドレスです。不思議なもので、数日もすると、自分がパブロフの犬化し、どんなに疲れていても、エプロンをつけながら、そのBGMを聞くうち、描く気になるという危険なBGMでもあります。

今回の絵では、海賊モノを中心に1979〜82年、私が知る前のRCサクセションのライブまるごとの録音を20本流し続けていました。日付の古い順に流していくと、小川銀次参加、「雨上がりの夜空に」発売、渋谷屋根裏4Days、「ラプソディー」発売、銀次脱退、空前の大ブレイク、初の武道館、「ルージュマジック」というこの時期、火がついていく空気や爆発するような勢いが客席の音からも伝わってきて、実はこの時期の後、清志郎氏は身体を壊したり事務所とのトラブルなどで活動が低迷していくことを思うと切なくもなる、とにかく熱い時期の録音です。

著名人の命日など、この人のものしか覚えていない清志郎氏の日までには1枚目の絵はとっくに描き終わっているはずでしたが、図らずも描き終えたのは昨日の命日でした。あなたのせいで私はギターを持って歌を歌うようになって以後ぐちゃぐちゃなわけで、どうしてくれるんですかというクレームも込めて、お会いすることすらかなわなかった清志郎さんに、私の中で勝手にこの絵を捧げることにしようと思います。

もうこれ以上は生み出せませんというほど時間を捧げて一ヶ月半かかった1枚目の後に、どうしたら残り10日でもう1枚描けるのか。どうせ絵のために空けていた連休なので、簡単な構図などにして間に合うものかどうか、いずれ棺桶に入る直前に、あのGWほど絵を描いたことはないと思い出すくらいにはやってみようと思います。そして搬入日の夜が次回ライブというホラーもついてきていますが、バンドがおろそかでは全ての意味がないと言うか、むしろこういう時のライブは危機感からか緊張感からか、たいてい悪くないこれまでですので、どうぞよろしくお願いします。さよなら。

新しいシエスタ場所を求めて。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年4月22日(日) 15時42分

先週のキヨステライブ前はなかなか練習ができず、当日にもスタジオ練習に入るなどして臨んだのですが、その危機感が少しは奏功したようなライブができて良かったです。数年越しで実現したtalking lightsとの対バン効果も確実にあったはずで、企画主のブービー氏に感謝したいと思います。そして、いつものことながら、細々としたバンド活動を支えてくれる皆さま、ご来場ありがとうございました。

バンド活動を滞らせることなく、今はとにかく絵を描くセルフ地獄を生き延びるため、職場の昼休みの昼寝がますます重要になっていることは、この場末の掲示板を継続的にご覧いただいている奇特な方々には既に説明不要のことと思います。

そんな方々には、4月からの職場の人事異動で勤務場所が変わったことによる、マイシエスタにとって重大な危機が訪れていたこともご報告せねばなりません。おまけに新職場へは、これまでより10分ほど早く家を出なくてはならず、それは即、睡眠時間の短縮を意味するため、昼寝場所の一刻も早い確保が異動後の急務でした。

昼寝場所を求め施設内をさまようも、なかなか見つからず、結局眠れなかった初日からの3日間は確実に命が削られた模様です。ようやく目をつけた備品庫の奥を片づけてのスペースづくり、旧職場からのシエスタ用パイプ椅子の持ち込み、目覚まし時計の新規購入などを経て、これはこれでマイシエスタ史上、ベストに近い環境を確保することに成功いたしました。しかし、この備品庫は空調がないため、今は良くても夏場は無理そうであり、しばらく後、再び流浪の民とならぬよう、今のうちから何とか代替地を見つけておかねばなりません。とりあえずおかげさまで毎日夢を見ている昼休みです。さよなら。

家の前の桜はまだ。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年4月13日(木) 20時42分

来月まで続く、とにかく絵を描くセルフ地獄はFBやツイッターで中継してきましたが、ライブが2本重なった今週は前半の乗り越えどころとなりそうです。家の前の寺の大きな桜を毎年少しは眺めたりするのですが、今年はその余裕もなかったところ、今朝は5時起きの仕事というオマケ地獄のおかげで、間違えてあの世に来てしまったのではと思えるほどきれいな、朝陽の中の桜をちら見することができました。

先日の一人掲示板ライブでは、曲間で私が話したり、水を飲む時に、カメさんがアコーディオンで優雅な即興のBGMをぶっ込んでくるという、まさに予期せぬカメイリュージョンが最もウケていた、そしてまたしてもたじたじにされた私でしたが、演奏は二人とも納得いく演奏ができたので、次回以降、少しはお客さんの入っている環境でライブさせてもらえる場を見つけられたらと思います。お出でいただいた皆さん、ありがとうございました。

そして明日14日はキヨステライブ。4月からの新職場では嫌でも目に入るところになぜか「日めくり まいにち、修造!」なるものが設置されており、「打ち上げてごらん、心の花火を」「昇って来いよ!君は太陽だから!」などという言葉や修造氏のはしゃぐ写真を目にする度、何とも言えず湧いてくる殺意のような気分をバネに、ばっちりライブして乗り切れたらと思います。演奏時間も少し長めですので、お時間ありましたらぜひよろしくです。さよなら。

今年の4分の1が終わっていた。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年4月1日(土) 12時14分

何か時間軸をゆがめてしまう超能力でも身につけてしまったのではと思うほど、気づくと時間が過ぎており、このままでは3日後に70歳になっていそうで震えます。皆さま、一日一日、大切にお過ごしでしょうか。4月から職場が異動することになり、職場も駅一つ移動し落ち着かぬ中、下で触れた、絵の死亡遊戯レポはFBとツイッターで。

皆さんも一度はNHKのど自慢という番組を目にしたことがあると思います。仕事で関わってきた施設の開館記念として、この番組を誘致せよと指示を受けたのが1年半前。先週末は3日間、設営、予選会、本選の公開生放送と、どっぷりのど自慢漬けで仕事させてもらいました。集まった1000人の観客が、スタッフ達からの、毎週どこかの町で繰り返されているであろう、練り上げられた煽りを受け、会場内は終始異様な熱気に溢れ、選ばれた本選出場者が舞台裏でさらに煽られ、統率され、本番では過剰な明るさで跳ねたり踊ったりする様は、短期間の洗脳ショーを見ているようで、普段この番組を目にすると瞬時にチャンネルを変えたくなるあの違和感の元を垣間見させてもらえた気がします。

自慢したことは一度たりともありませんが、私ののど自慢が迫ってきました。10日(月)は一人掲示板ライブ、14日(金)はキヨステライブと続きます。一人掲示板は2ヶ月前と同じく、キヨステOG、カメ先生との演奏ですが、まさに自慢したくなるようなカメさんのアコーディオンの素敵さです。月曜ですが、対バン陣は断絶交流の純平君、スター竹花氏、カレンダーボーイ、10,1000という、知人達であり、かつひいき目抜きでおすすめの出演者達です。この機会にぜひよろしくお願いします。さよなら。

のんびりと映画ではなかった。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年3月20日(月) 20時14分

先日のキヨステライブは、前回ライブから間が空いたことなども影響したか、自分達の不甲斐ない出来に少々うなだれながらの帰宅となりましたが、対バン陣のライブが素晴らしかったことに救われたと言うか、ちゃんとしたいものです。来てくださった皆さんありがとうございました。この日、ちょうど長野から仕事で上京したバンド仲間が、バンド「ED WOODS」とキヨステを一度に見られるならばと、新宿のバスターミナルから駆けつけてくれたのですが、それはこの日出演していた「END&ODDS」との空目的な見間違いであり、トリのEND&ODDSが終わった後に「ED WOODSいつ出るの?」と聞いていた姿にはウケました。その天然さでは定評のある彼ですが、END&ODDSを気に入り、すっかりファンになって帰っていきましたので、まあ良かったです。

ライブ後に突入した連休でしたが、なぜか普段より時間に余裕がある感じで、こんな時も珍しいのでたまっている映画でも見るかと、いつものように70年代洋画を攻めたりもしたのですが、連休最終日の今日になって、この連休に実家に帰るつもりだったことを思い出しました。どうりで予定が空いていたはずで、おまけに一昨日の歯医者の予約まですっぽかしていました。私の平常運転とは言え、長野の友人を笑えない感じ、大丈夫でしょうか。

もう一つ今日になって分かったこととして、2枚の絵を出そうと決めていた展覧会の搬入日が私の記憶違いで、思っていた日よりも2ヶ月早い5月だったという。1枚目を先週くらいから描き始めてはいたのですが、夏までと思い込んでいたため、ダラダラと申し訳程度にやっていただけで、今すぐ2日前に戻りたいと言うか、5月まで、また死亡遊戯的な日々になるのかと思うと、2ヶ月前に戻してくれと、ひざまずいて懇願したい感じです。ショックで今日はもう心が折れたようなので、独り相撲のセルフ地獄は、せめて明日からにしたいと思います。さよなら。

図らずもバンド活動の記録となっていた。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年3月15日(水) 21時14分

絵を見てくださった方などから、絵を習っていたのかと聞かれることがままあります。小さい頃から図画工作は好きでしたが、絵を人に習ったことはなく、絵を描くきっかけはバンド活動でした。

20歳くらい、現MEAT EATERSのJ氏、元メンバーT氏とバンドを組んでいた頃、世界にインターネットというものが現れる前、アマチュアバンドのライブ告知方法とは、チラシを撒くか郵便でDMを出すかくらいなもので、そのバンドでもハガキによる告知をすることになりました。今のように個人情報云々言うこともなく、ライブでアンケートを配ると、DMを希望する人はそこに住所や電話番号も書いてくれた時代です。

文字を中心に印刷してスタートしたDMもそれだけでは寂しい感じで、部屋にあった雑誌の写真を基に挿絵を描いてみると、たまたま好評を得たことで調子に乗り、毎月ハガキを出す度に、嫌でも1枚描く、その繰り返しが絵を描くきっかけでした。

先日、その頃の絵を見せてくれと友人に言われ、押し入れを探すと中途半端に整理されたそれら昔のDMが原画とセットで出てきました。人生店じまいもそんなに遠いことではなかろうと、これらをファイルに整理してみました。ハガキが入るファイルを、数年前、いらないからとくれたのは、それこそ古いおつきあいになるお客さんでした。

ハガキDMはキヨステが92枚、その前のバンドが74枚、さらにその前が24枚、計190枚。かつて、日本中の家庭に当たり前のようにあったプリントゴッコで1枚1枚印刷していた時代、手書き原稿でライブの紹介をびっしり書いているものを見たりすると、その労力がその後どれほど報われたかは別として、過去の自分のことながら、何とかしたいという若者の熱のようなものが感じられます。その後、印刷がパソコン・プリンターに移行するにつれ、仕上がりは美しくても何とも味気なくなっていきますが。

ネット社会で完全に過去のものになったハガキDMを、今でも意地のように出しているとは言え、さすがにそれも年に2〜3回であり、かつて毎回のライブを紹介していたDMが、そのままバンド活動の記録になっているのを目にすると、今が寂しい気がしてきます。ハガキに取って代わったメールやブログ記事の過去分を見れば、同じような記録はあるのでしょうが、ハードディスクやデータではなくという感じでしょうか。今も同じようにライブハウスでライブしていることを、プリントゴッコと格闘していた頃の私が知ったら驚くでしょうが、あさってはライブです。さよなら。

そろそろバンドのサイトらしく。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年3月9日(木) 22時28分

過剰な労力と熱さで、下記のレポートをお送りしたにも関わらず、その色いいね!などと言ってくれた方はたった一人。バンドの練習に持って行ってもメンバーからは、ただの一言もこのギターについて触れられることもないという、ますます孤独を愛するしかない様相です。

蛇足上等と、ギターに入れたイラストの一つは、このギターの元の持ち主から以前もらったエゴン・シーレの絵ハガキが素敵で職場のデスクに飾らせてもらっている、そこに描かれている木のようなイメージで。これで忘れるのが得意な私でも、何年かした後、このギター、元は誰のだったっけ?ということは避けられるはずです。

そして幼少時より私の神であり続けるウルトラセブンの傑作回からの宇宙人達を。その中に、人権擁護系の団体からの抗議に端を発した永久封印により一般の人は見ることのできなかった第12話の星人を紛れ込ますことで、この絵にからんで話しかけてくれた方がいたとしたら、その方はその時点で、危険水域を越えてしまったセブン崇拝者の一人であることを自ら明かすようなもので、鬼太郎の妖怪アンテナのような役割を果たしてくれるはずです。その時、私は孤独ではありません。

そろそろバンドのサイトらしい書き込みをさせてもらわなくてはと書き始めたのに、またこんなことになってしまいました。事情で2月のライブが飛んだキヨステ、来週17日(金)は2ヶ月以上ぶりのライブとなります。ライブがなかった2ヶ月間、難しい曲のコピーで演奏力向上を図り、レパートリーも新たに2曲増やすという実に真面目な活動に勤しんできたキヨステ。対バンも素晴らしいです日ですし、ぜひお出でいただけますと。よろしくお願いします。さよなら。

久しぶりのギターペイントレポ。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年3月2日(木) 21時56分

写真1 写真2 写真3 写真4 写真5 写真6

「テレキャスター」それが最もロック度高いエレキギターであると思う方とは、私は気が合いそうです。1950年に始まるこのギターの基本形は(写真1)なのですが、このギターを産んだ米国フェンダー社が1970年代に発売を開始したいくつかの、テレキャスターの変則モデルの一つが「テレキャスター・カスタム」であります。(写真2)

かのローリング・ストーンズのキース・リチャーズやRCサクセションの仲井戸麗一(写真3・4)などのロックスター達がこのギターを持つ姿を見て、このギターに興味を持たないロック好き少年がいるというのでしょうか。中学生の頃に知って以来、長年の時を経て、下に書いたような経緯で、このロック神器が私の手元にやってきたのでした。

なぜそのままで十分にかっこいい黒のボディではいけないのか。それは人はなぜ絵を描くのかという愚問と同じだなどと、かっこつける資格がそもそもない前科持ちの私に捕らえられた彼は、ボディを紫に、ピックガードを青に。そしていくつかのイラストをピンクなどで描こうとしながら感じる、このどこかで見たことがある感覚は何だろうと辿っていくうち、それがレディースの特攻服だと気づいた時の衝撃はなかなかのものでした(写真5・6)。

ロックの現人神キース様がどこをどうしてかレディース様に行き着き、ここを見てくださっている方のやらかしへの期待に応える達成感で自分を慰めるしかないと作業をやり切ってみると、地味なオッサンバンドに似合うかどうかはさておき、なかなかの唯一無二感を醸すギターが完成しました。美しいではありませんか。間違ってもこのギターをテレキャスターカスタム・レディーススペシャルなどと呼ばないでください。テレキャスター・ユタカスタムと呼んでいただけますでしょうか。さよなら。

過ちは繰り返されるものなのか。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年2月23日(木) 20時28分

高校生の時から、ギターを買う度にボディに絵を描き、価値を著しく下げられ家に眠るギターは数知れず。一番のクライマックスは、10年ほど前、「俺にはお前が最後の女〜」というあの演歌の如く、生涯最後のギターと決め込み、ギブソンUSAのカスタムショップ製の限定品を、当時輸入元の山野楽器と繋がりのある知人を頼ったりもしながら、それなりの費用で手に入れた、ファイヤーバード・ノンリバースモデル!昔から憧れていたギターであり、濃紺のボディは、ライトが当たると木目が透ける、それはそれはきれいなものでした。

そこに絵を描くことで、さらに世界に一本のマイギターにしちゃうぞという愚かしい発想が、このファイヤーバードの上にも描かせた、何やら空想の風景のような絵は、よりによって、それまで見たことがない、シバタ史上最大の失敗作であり、焦ってシンナーで絵を消そうとしたことで、絵だけでなく地の紺色の塗料まで剥ぎ落としてしまい生の木が露出。火傷のようになってしまったボディを前に、涙が出そうになったのではなく、本当に出ていたあの夜。

先日、友人が使っていないエレキギターをくれると言うので、私が前にライブで使っていたエレアコと交換しようということになりました。そのエレキギターはテレキャスターカスタムというモデルで、中高生の時から、それを使うロックスター達を見てはかっこいいと思い、ギターを新たに購入する時には常に候補にはなっていたギターが、ひょっこり今、私の手元にやってきたのでした。

ホラー映画で殺人鬼の住む館に紛れ込んでしまった若者の如く、ネックを外されマスキングされてしまった彼は、10年前、ひどい火傷跡を隠すため大きなステッカーを貼られたファイヤーバードと同じ道を辿ってしまうのか。忙しい時に限って、今でなくても良いことをしてしまわずにはいられない病の人はそれなりにいると思いますが、それです。どなたか止めてください。さよなら。

10万キロ記念トホホ日記。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年2月13日(月) 21時42分

サラリーマンのオッサンが久しぶりに充実した日曜日を送りました!で終わらせてくれたっていいじゃないかと嘆きたくもなるユタカーの惨事は、眠気も一気に覚めた「バーン!ゴゴゴー!」という衝撃音が今でも耳に残っており、自分で目覚まし音を録音できる時計がありますが、あの音を目覚ましに使えるなら、毎朝元気良く飛び上がって起きれそうです。

夜なべセルフ修理では、ボディの一部がめくれて垂直に突き出て殺傷兵器のようになっている部分を折り曲げるくらいが精一杯で、今日、修理工場に持ち込んだのですが、ドアは全取り替えと言われ、中古のドアパーツを探してくれましたが同じ色のものがなく、困ったものです。図らずも修理工場に着いた時に、走行距離計がちょうど10万キロとなっていました。長い間、こんなに走ってくれた車の10万キロアニバーサリーに、柵に突っ込むことで応える私は、一体何をしているのでしょうか。

昨年からずっと、時間ができたらと望み続けていた歯医者についに行くことができました。角の欠けた前歯を樹脂で補修するも2日後にはまた欠け、こんなことを何年も繰り返しているため、次には前歯を2本とも少し短くするという荒業を施されました。そんな矢先、今度は別の歯にかぶせていた金属が取れました。

みぞれも降った夜、デヴィット・ボウイ展に行きましたが、寒さのせいか来場者はまばらで、見るには最高の環境でした。来場者の大半が、ロックを誰もが聞いていた時代の人達でしたが、当時、素人とプロの差は今より明確で、プロには生演奏者としての技量も求められ、素人はプロへの敬意も込めて高いレコード代を払っても聞く価値観を持っていて。そこで活躍した本物のヒーローを見ると、昔は良かったという年寄りの単なるノスタルジーではなく、実際に昔の方が良かったのだろうなと。

ロックを誰もが聞いていた時代育ちの私は、車の運転や歯や、色々なものがおぼつかなくなってきているようですので、いずれ余命尽きる時にはきっちり燃焼し切っているよう、あらためて気合を入れねばと思います。さよなら。

リア充では終わらない男。
投稿者:柴田 豊  投稿日: 2017年2月7日(火) 21時28分

普段の日曜日なら寝起きの時間に歌っているという、一人掲示板ライブが無事終わりました。1月頭からキヨステOG、カメさんと時に合宿ばりの練習と録音を重ねたわけですが、CDも発売にこぎつけた上、2人での演奏は好評のうちに終わることができほっとしました。

昼間だったこともあり、お客さんが連れてきてくれた4歳の娘さんにはフロアの最前列でがぶり寄られ、岡山の高校時代の友人達は御一行様で来てくれたり、私の弟が10年ぶりくらいに顔を出してくれたりと、私の旧式CPUでは処理し切れぬ情報量であり、出番後、対バンの方達が皆、ライブ中にライブハウスHOMEの9周年を祝うコメントをしているのを聞いて初めて、そもそも今日はそんなタイトルがついていたイベントだったと思い出す具合でした。

そして、アコーディオンの演奏をばっちり決めてくれたことはもちろんですが、MCでも存分に展開してくれたカメワールドに対処する力が既に残されていなかった私はただたじたじになるのみで、普段のライブでは見られない柴田を見たとの感想を多くいただく、まあ、こんな日があっても良いかと言うか、ライブが好評だったのはカメさんのおかげであり、感謝したいと思います。そして来てくださった皆さん、ありがとうございました。

連日深夜に至った作業も忘れ、調子に乗って明るいうちから飲み始め、そのまま友人のライブを見て終電近くまで飲んで帰った私の、月曜の朝がどんなことになったかはもはや言わずもがなであります。絶対にリア充では終わらない男として信頼を得ている私ですので、朦朧としながら出勤中の車は、工事現場のようなところに鉄パイプで組まれた柵に脇腹を突っ込んでくれました。半年前にも同じようなことがあった記憶で、免許証を自主返納すべき年齢まではまだしばらくあったはずですが、これ以上、人様にご迷惑をおかけする前に検討すべきでしょうか。先日までCD作りで夜なべしていたはずですが、ドアの開かなくなってしまった車のとりあえずの修理のため今から夜なべしたいと思います。皆さま、車の運転にはくれぐれもお気をつけください。さよなら。


これ以前 → 一人掲示板倉庫




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